第9回 ユリ科の繁栄 

3つの分類体系

 ユリ目の分類は、現在非常に混乱しています。中でもユリ科は、大きな改訂を必要とされています。
 分類は、かんたんにいうと、似ているものと似ていないもののなかま分けです。
 ですから、植物学者がどこに目をつけるかによって、分類のしかたが異なってきます。
 とくに、初めの原始的な被子植物がどのようなもので、どのように進化してきたかという考え方のちがいによって大きく2つに分かれました。
 日本で多く採用されているエングラー体系では、雄しべだけの花、雌しべだけの花、すなわち、単性で花被のないものから一重の花被がつき、両性花になり、花被が二重になって離弁花になり、最後に合弁花に進化してきたとする考え方をしています。
 これに対してストロビロイド説を採用しているクロンキスト体系では、雌しべ、雄しべ、花被、包葉が軸のまわりにらせん状についた形から出発し、だんだん単純な形に進化してきたという考え方をしています。
 さらに、形態ではなくDNAの共通性を調べることによって、類縁関係を追求していく考え方がAPGであり、上記2つの体系に取って代わろうとしています。
 近い将来には、被子植物の分類はAPGに統一されることが予想されます。

ユリ科にふくまれる属   

 ユリ科には、以下の属がふくまれます。
 アマナ属は、学名がTupipa であることから、 チューリップのなかまであることがわかります。
 ユリ属は、いわゆる ユリ と呼ばれているものです。原始的なユリとして謎の多いウバユリ属。
 今では希少なカタクリ粉の名前のもとになったカタクリ。異様な花姿のホトトギス属。
 ユリ科の多くがアスパラガス目へ転科転属になったにもかかわらず、まだたくさんの属が残っています。

  

Medeola メデオラ属    Nomocharis ノモカリス属    Gagea キバナノアマナ属
Tulipa アマナ属 Fritillaria バイモ属 Korolkowia コロルコウィア属
Lilium ユリ属 Calochortus カロコルツス属 Lloydia チシマアマナ属
Clintonia ツバメオモト属 Cardiocrinum ウバユリ属 Notholirion ノトリリオン属
Scoliopus スコリオプス属 Erythronium カタクリ属 Streptopus タケシマラン属
Tricyrtis ホトトギス属

ウバユリ 

 学名 Cardiocrinum cordatum (Thunb.) Makino  中核単子葉植物 ユリ目 ユリ科 ウバユリ属
 ウバユリは、ユリ属にふくむ分類が多く見受けられます。はたして、どうなんでしょうか。APGには文献が少なく、いい資料が見つかりません。
 ウバユリは、ユリ科の中でもたいへんな変わりものです。 
 ユリ科・ホトトギス属の花は上を向いて咲きます。ユリ属以前の花は、ほとんどが上を向いて咲きます。
 ウバユリの花は、横を向いて咲きます。
 ユリ属の花は、ラッパ形で横を向いて咲くものが多いことから考えると、ウバユリはユリ科に近いといえます。
 
 ところが、葉を観察してみると、なんと、網状脈ではありませんか。
 単子葉植物の特徴は、平行脈、あるいは、平行脈を基本としたその変形でした。(連結脈など)
 ウバユリの葉脈は、どう見ても網状脈です。
 これが進化であるか先祖返りであるかはわかりませんが、何とも奇妙(きみょう)なことです。
 
 ウバユリは数個の花をつけます。写真のものは3個でした。
 つぼみのときは、上を向いています。
 咲き始めると、横を向きます。
 数個の花を総包が包みます。
 花被片は、内側に3枚、外側に3枚、合計6枚で、単子葉植物の特徴をもっています。
 内側と外側の花被片の形が多少異なります。
 
 花被は離生しており、すき間だらけです。
 昆虫は、横からも入ることができ、非常に無防備です。
 
 花被の内側には、黒むらさきいろの斑点がついています。
 ユリ属の葯は丁字着葯ですが、ウバユリの葯は、どうも丁字ではないようです。
 葉脈や総包、花被のつきかた、葯のつきかたなどから判断すると、ユリ属とは異なるように思います。
 やはり、ウバユリ属として独立させたほうがいいみたいです。
 

ユリ属

 ユリ科の中心は、何といってもユリ属です。いわゆる、世間でユリといわれているものは、ユリ属のことをいいます。
ユリ属の特徴は、外花被3枚、内花被3枚、おしべ6本、めしべ1本(心皮3)ですが、これは単子葉植物の特徴でもあります。
 したがって、ユリ属の特徴というのは、もっと細かいことになります。
 ここからは、ユリ属の特徴を追求していくことにしましょう。
 

タカサゴユリ

 横を向く花
 学名 Lilium formosanum Wall.  中核単子葉植物 ユリ目 ユリ科 ユリ属
 ユリの花は、横を向いているものが多いことが特徴になります。
 現在では、横を向いた花はめずらしくありませんが、当時としては大変な進化だったのです。
 横を向くと、どんなよいことがあるのでしょうか。
 まず、雨に強いということです。上を向いていると、花冠に水が入りやすく、その中に水がたまってしまうことがあるのです。
 それ以上に重要なことは、花粉を運んでくれる昆虫とのやりとりに影響することです。
 
 奥行きのあるラッパ形の花冠
 ユリの花粉はチョウやガが運びます。甲虫にはできないのです。
その理由は、花のつくりのふしぎにあります。
 甲虫が花に来るのは、受粉をしてやろうなんていう親切心からではありません。
 蜜や花粉を食べに来るのです。栄養がありますからね。
 栄養といえば、もう少し奥のほうに子房があります。子房の中には、種子になる胚珠(はいしゅ)があります。
 つぎの生命を育てるための栄養がたくさんたくわえられていますから、甲虫がねらうのはあたりまえです。
 そこで、子房をねらわれないように、花冠の基部を長い筒状にして甲虫が奥まで入ることのできないようにしました。蜜も奥にためました。
 チョウやガは、長いストローのような口がありますから、奥にある蜜を吸えます。子房を食べることもありません。
 ユリとチョウやガは、おたがいにいい関係なのです。
 

オニユリ

 学名 Lilium lancifolium Thunb.  中核単子葉植物 ユリ目 ユリ科 ユリ属
  ユリ科の花被は、外花被と内花被が3枚ずつで、合計6枚あります。
 外花被と内花被は、ほとんど同じ大きさと形で、花被のつけねを見ないと区別できません。
 オニユリとタカサゴユリの花冠には、どのようなちがいがあるのでしょうか。
オニユリの花被は、きょくたんにそりかえっています。
 タカサゴユリは、花冠の基部が筒状になっていますが、オニユリは花冠が浅くなっています。
これは、甲虫に対しての防衛が弱いことになります。
 しかし、オニユリは、どういうわけか下を向いて咲きます。
 これなら、甲虫は来そうにありません。甲虫は、からだが重いので、あまりきようには飛べないからです。
 しかも、下向きだから、雨にも強いですね。
 
 花被の表面
 ユリの花被の内側には、()模様のついているものが多いようです。
 この模様は、チョウやガを呼ぶための目印なのです。
 蜜標(みつひょう)といって、「ここに蜜がありますよ〜」と教えているのです。
 ユリの場合、ただの模様ではなく、うきあがっています。
 中には、オニユリのように角のようになっているものもあります。
 
 斑模様とはべつに、オニユリやカノコユリには、花被の基部に突起物が見えます。
毛が変化したもののようです。
 これは、昆虫が中に入っていくのを防ぐためなのでしょうか。
 それともにおいの成分になる粘液でも出しているのでしょうか。
 そのへんのところは、よくわかりません。
 
 オニユリのおしべ
 オニユリのおしべは、かなり広がっており、めしべは上向きにそっています。
 ユリ属の花糸(かし)は、細くなった先が(やく)の中央についているので、葯がゆらゆらとゆれます。
 丁字形につくから、このようについた葯を丁字着葯と呼んでいます。
 ユリの名前の由来は、花が大きく、風でゆれるからということのようですが、葯もゆれるのです。
 ユリは、花粉が服につくからきらいだという人がいるかも。
 ユリの花粉は服につくと、色がなかなか落ちないからです。
 それほど多くの花粉が葯からあふれ出してきます。
 
 ユリ属のめしべ(柱頭)
 ユリ属のめしべの柱頭(ちゅうとう)は、まだ、それほど進化はしていません。
それでも、柱頭は、花粉をつかまえるところだから、なんらかの工夫があります。
 写真は、ソルボンヌというユリの柱頭です。
 ユリ属の柱頭は、表面にこまかい突起がたくさん生えています。これで花粉をつかまえるのです。
 ユリ属の柱頭は、3つの部分が合わさったようになっています。
 3つのめしべ(心皮)が合成してできたためです。
 したがって、花柱の断面も三角形です。
 このことも3数性の一つになります。

  

 子房の位置
 子房が花冠の内側から見えるということは、子房の位置は上位になります。
この点では、あまり進化しているとはいえません。
 原始的被子植物が栄えた時代では、花粉を運ぶ昆虫は、甲虫(カナブンのような羽のかたい昆虫)やハエのようなものが主でしたので、大切な子房を食べられてしまう危険性があったのです。
 原始的単子葉植物の末期ごろから、ハチやチョウ、ガなどが栄え始めました。
 ユリの花は大型のものが多いので、花粉をはこぶ昆虫は、チョウやガになります。
 ユリの葉
 同じユリ科でも、ホトトギス属の葉脈(ようみゃく)は、まだ網目(あみめ)模様が残っていましたが、ユリ属になると、ほとんど平行脈です。
 原始的被子植物から原始的単子葉植物を経て進化の流れにのって調べてきましたが、単子葉植物は、初めから完全な平行脈だったわけではありません。
 平行脈に網状脈の要素をわずかに残しているのです。
 オニユリはだ円形をしていますが、タカサゴユリになると、まるでイネ科の葉のような線形になっています。
 平行脈を機能的にするには、はばのせまい線形の葉が適しているのです。
 
 オニユリのむかご
  ユリ属は、ふつうりん茎や種子でふえます。
 ところが、オニユリは、特別なふえ方ができるのです。
葉のつけねに黒紫色の玉のような芽がつきます。
この芽をむかご、または、球芽といいます。
 これがポロッと地面に落ち、そこから根を出し、発芽します。そして、新しいオニユリの株になるのです。
 気の早いむかごは、葉の脇についているときに、すでに根を出しています。
 

  むかごの中は、どのようになっているのでしょうか。
 むかごを割ってみました。
むかごは、葉が変化したものです。
 肉あつの葉に発芽するときのための養分がたくわえられています。
 子葉のようなはたらきですね。
 
 オニユリの根
 植物は、海から陸へと進化してきました。
 最初に陸へ上がったコケ植物は、まだ、根がありませんでした。
 シダ植物になると、地下茎が発達し、そこからヒゲのような根がつき始めたのです。
 被子植物に進化しても、なお、地下茎をもっているものが少なくありません。
 オニユリも、地下茎をもっています。
 地面に近い地下茎には、浅い根が広がっています。上根といって、養分や水分の7割方を吸収するはたらきがあります。
 根のあいまには、むかごと同じような球芽がついています。こちらは、木子と呼ばれ、土の中だから白っぽい色をしています。地表近くでは、うっすらと緑がかってきます。
 その下には、りん茎と呼ばれるかたまりがあります。
 りん茎というのは、地下茎のまわりを肉厚の葉がラッキョウのようにとりまいたものです。
 りん茎のりんは、漢字で鱗と書き、うろこという意味です。表面が魚のうろこのように見えるから、このようにいうのでしょう。
 りん茎の下には、からだを支えるためのしっかりとした根がのびています。
 りん茎は、むかごを大きくしたようなもので、食用になります。スーパーなどで百合根として売られています。
 茶碗蒸しなどに入れたり、あまく煮付けたり、いろいろな調理法があるようです。
 


 

inserted by FC2 system