第10回 ユリ目からアスパラガス目へ

 分類とは特徴の似たものどうしをグループ化することです。
 ユリ目とアスパラガス目はよく似ています。1998年にAPG体系が発表されるまではこの二つの分類は混沌としていました。
 ユリ目とアスパラガス目のちがいは、DNAの姉妹関係からいえることであり、見た目にははっきりしません。このあたりがAPGのわかりにくいところでしょう。
 アスパラガス目とツユクサ類のちがいは、見た目には、はっきりしているのに、DNAではあいまいさが残っています。
 アスパラガス目はキジカクシ目ともクサスギカズラ目ともよばれることが多いのですが、まぎらわしいのでこのサイトでは原語の Asparagales アスパラガス目とします。

アスパラガス目の系統図 (中核単子葉植物 core monocots)   

アスパラガス目は、今からおよそ1億2,200万年前頃(中生代 白亜紀の中ごろ)にユリ目から分かれました。ちょうど、恐竜のティラノサウルスが走りまわっていたころです。

  

 f.08 アスパラガス目

   
巨大隕石の衝突

 ラン科は、上の系統図の中では、最も古いものですが、長い年月を経て昆虫との共生関係の面で特異な進化をなしとげました。
 ラン科の祖先は、今からおよそ1億1,900万年前、中生代・白亜紀の中頃に出現しました。
 それは、どのような時代だったのでしょうか。
 地層から判断すると、白亜紀の最後に巨大な隕石が落ち、そのときの衝突でとびちった土砂が上空高く地球を取りまき、日光をさえぎることになります。
 その状態が何年もつづき、日光不足と気温の低下により、熱帯性の植物は極端に減少し、からだの大きな
恐竜は、寒さや食糧不足などの原因で絶滅してしまいます。そして、時代は新生代に突入するのです。
 恐竜は、その巨大さのために絶滅してしまいましたが、小さな動物や植物は、しぶとく生き残ります。
 生き残った植物は、さらに進化をつづけていきます。そこには、生命の力強さを感じとることができます。
 恐竜がいなくなったあとには、今まで恐竜のかげで細々とくらしていた鳥類やホニュウ類が、がぜん元気を出して栄えはじめます。
 ラン科は、この時代を生き残り、さらに進化を重ねていきます。

左右相称の花 

フラグミペディウム 

 学名 Phragmipedium cv.  中核単子葉植物 アスパラガス目 ラン科 フラグミペディウム属
 3数性を確立した中核単子葉植物の中で、ラン科は独自な進化を進めることになります。
 いったい、どのような進化をしたのでしょうか。
 これまでの花は、みな放射相称でした。
 ところが、ラン科は左右相称なのです。これは、画期的なことといえます。
 ユリ目のアルストロエメリア(進化E)は、わずかに左右相称でしたが、ラン科は、完全な左右相称です。

シュンラン

 学名 Cymbidium goeringii (Reichb. fil.) Reichb. fil.  中核単子葉植物 アスパラガス目 ラン科 シュンラン属
  シュンランは非常に地味な花を咲かせますが、質素で素朴な姿に奥の深さがあり、人気の高いランです。
 がく片が3枚、花弁が3枚、合計6枚で、これも単子葉植物全体の特徴である3数性を示しています。

エビネ

 学名 Calanthe discolor Lindl.  中核単子葉植物 アスパラガス目 ラン科 エビネ属
 しかし、ラン科の花弁は、みな同じ大きさと形であるとはいえません。
 花弁のうち下の1枚が大きく、唇弁と呼ばれています。唇はくちびるという意味です。
 がく片は、小さいものから大きいもの、緑色のものから花弁のようにカラフルになっているものなど、変化があります。

シラン
 学名 Bletilla striata (Thunb.) Reichb. fil.  中核単子葉植物 アスパラガス目 ラン科 シラン属
 外側の上には、少し大きめの背がく片があり、下には2枚の側がく片があります。
 内側の上には、がく片より大きめの側花弁が2枚あり、下(写真では中央)には唇弁があります。
 がく片は花弁化していますから、がく片も花弁も、花被片といった方がいいのかもしれません。
 

横を向く花

 同じ中核単子葉植物であるユリ属は、横向きの花としては、最も初期のものになりますが、さらに進化をつづけたラン科でも、この性質を受けついでいます。
 横向きの花には、花粉を運んでくれる昆虫との間に密接な関係が生まれます。
 ラン科の場合、唇弁が昆虫がとまるちょうどよい足場になります。
 ユリ科の花には、昆虫の目印になるように蜜標がありました。
 ラン科の花は、唇弁が華麗に変化して昆虫を呼び寄せます。

おしべとめしべに大変化
 ほとんどの花は、中央にめしべがあり、そのまわりにおしべがあるか、めばなとおばなとにわかれているかします。
 しかし、ラン科の花は、おしべとめしべが合生してしまったのです。
 ずい柱を観察してみましょう。
 花から花被をとりさると、ずい柱と呼ばれる棒のようなものが残ります。
 このずい柱が、おしべとめしべが合生したものなのです。ずいぶん変わった進化をしました。
 
 ずい柱の頭に葯があります。葯は、花粉をつくるところです。
 ずい柱には、おしべ1本分の葯しかありません。つまり、2個の葯室しかないということです。
 ラン科の葯には、ちょっとした不思議があります。
 
 ふつうは、葯室から花粉の粒々が吹き出てくるのですが、ランの場合、かたまったまま出てきます。
 これを花粉(かい)といって、昆虫は、このかたまりをつけて飛んでいきます。
 どうして、このようなしくみになったのでしょう。
 ラン科の花と昆虫との間には、窮極(きゅうきょく)の進化がおこりました。
 
昆虫と特殊な受粉

 花粉をつけた昆虫は、つぎに同じ種類の花に行くとは限りません。ドクダミの花粉をつけた昆虫がランの花に来ても受粉はできません。
 長い進化の中で、特定の花に特定の昆虫がくるような共生関係がなり立つようになりました。昆虫とラン科との間には、特殊な関係をもつものが多いのです。
 南の島に蜜の袋が30cmもあるランがあります。進化論で有名なダーウィンがそれに目をつけ、この蜜を吸えるような長い口をもった昆虫がいるはずだと予言しました。その後、25cmの舌をもつスズメガが発見され、キサントバン・スズメガと名づけられました。キサントバンとは、予言されたという意味です。
 

子房下位 

 ネジバナは、開花後も子房が包葉につつまれたままです。他のランには、あまり見られない特徴です。
 初期の被子植物は、甲虫などにも受粉をしてもらいました。
 甲虫というのは、カナブンみたいに外側の羽がかたい昆虫です。
 花粉を運んでもらうだけならよいのですが、油断をすると大切な子房まで食べられてしまいます。
 そこで、子房を奥のほうに移す進化がおこりました。
 それまでの植物は、子房の位置が花冠より上の内側にあったので、ユリ科などは、花冠を細長くして甲虫の侵入を防ぎました。
 ラン科の場合は、子房の位置が花冠より下の外側になったのです。
 これによって、花冠から進入した甲虫から子房を守ることができるようになりました。下位子房は、進化した形なのです。

ネジバナの子房・果実ネジバナの子房・果実 
  子房は成熟すると果実と呼ばれるようになります。

 子房は、3枚のりん葉というもので包まれています。

 中には、白い胚珠がびっしりつまっています。

 子房が熟してくると、胚珠は黒い粉のように細かい種子になります。

 子房が乾燥して、3つに割れます。数え切れないほどの種子が風に舞って飛んでいきます。

身近なラン

ネジバナ
 学名  Spiranthes sinensis Ames  中核単子葉植物 アスパラガス目 ラン科 ネジバナ属 
 ネジバナは捩摺(もじずり)ともいわれます。「捩」は「ねじる」の 古語で、「摺」は「折り重なること」です。
 モジズリは、ネジのように折り重なっていることからつけられた名前ですが、むかしは、ネジというものはありませんでした。
 ネジはなくても、ぬれた布をしぼるときや縄(なわ)などにこの形を見ることができますから、何かそういうものが基になったのではないかと思います。
 古い和歌に「しのぶもぢずり」という言葉があり、それにもとづいてつけられたという説もありますが、むかしのことで、はっきりしたことはわかりません。
 
 ランは、高額で取引されるものが多いので、乱獲されがちです。現在では、野生のランを見ることは困難です。
 しかし、ネジバナというランは、野に咲く数少ない野生ランですから、きっと見つかるでしょう。
  ネジバナのネジは「らせん」のことです。それにしても見事ならせんです。植物のこのような姿を、いったい、だれが考えたのでしょう。自然というのはすごい創造力を持っているのですね。まさに神秘的です。
 
 ねじれているといっても、茎がねじれているわけではなく、子房がななめに少しずつずれてついているので、ねじれて見えるのです。
 しかし、何でこんなつき方をするのでしょうか?不思議ですね。
 他のラン科は日陰(ひかげ)を好むのに、ネジバナは日当たりのよいところが好きです。
 こんなに小さい花でも、れっきとしたランです。大きい花と同じつくりになっています。
ねじれる向き

  左の2枚の写真を見てなにか気づきませんか?
 ねじれる方向が、それぞれ逆なのです。必ず一定の方向へねじれるというわけではないのです。
 おもしろいことに、ごくまれにねじれていないネジバナもあるそうです。ねじれていないのにネジバナとはおかしいかも知れませんが、自然界には、ときどきおかしいことがあるのです。
 花弁の色がなくなって白花になっていたり、花弁の数が変わっていたり、おしべの数が変わっているなど様々です。
 

  ネジバナはラン科ですから単子葉植物です。単子葉植物の葉脈の特徴は、平行脈でした。
 細長い葉が根から生えています。このような葉のつき方を根生(こんせい)と呼んでいます。
 ほんとうは、バルブという球根があり、その横から芽を出します。

 
 

 葉のねもとは、サヤ状になって非常に短い茎、または、花茎をだいています。
 ほかの草の葉とまざって、あまり目立ちません。

 
 
 同じラン科でも、属によって葉の形がたいへん異なります。
 エビネの葉は幅がたいへん広く、花茎を包みこむようになっています。
 これが、折り紙を折るようにぺしゃんこになると、跨状(こじょう)といってアヤメ科のような葉になります。
 シランの葉は、エビネよりも少し幅がせまくなっていますが、それでもシュンランなどに比べると、幅の広い葉ということになります。
 
 シュンランは、葉の幅がせまく、線状です。
 まるで、イネ科の葉のような感じです。
 別の系統では、葉の形が、ユリ科→ツユクサ科→イグサ科→イネ科へと進化していきます。
 アスパラガスの系統でも、ヒガンバナ(アマリリス科)やジャノヒゲ(アスパラガス科)のように、同じような進化が行われていたことになります。
 細長い葉には、茎で支える負担がなく、本数を多くすることで、全体の表面積が大きくなるという利点があります。
 
 ネジバナの根は、ラン科の特徴である太くやわらかい、イモのような感じがします。
 新しい根は白い色をしています。黒っぽい色をした根は、古くなったもので、土の中から水や水にとけた養分を吸収することはできません。
 
 これは、新しい芽が出てきたところです。これが成長して、株が分かれていきます。
 

 

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