第14回 アマリリス科(ヒガンバナ科)の登場

  アヤメ科からキセロネマ科を経て、ツルボラン科と進化してきたアスパラガス目の植物は、ついにアマリリス科(ヒガンバナ科)を登場させました。

 
  ヒガンバナ科はラテン語でAmaryllidaceae と書きます。アマリリスからきたことばです。 
 したがって、国際的にはアマリリス科というべきなのでしょうが、日本ではヒガンバナ(Lycoris属)のほうが身近で有名だから、ヒガンバナ科にしてしまったのです。
 ここでは、国際表記にしたがってアマリリス科ということにします。
 しかし、園芸で有名なアマリリスは Hippeastrum属です。これをアマリリス属としてしまうと、本来のAmaryllisは困ってしまいます。
 そこで本来のAmaryllis属はホンアマリリス属とよぶことにしています。身近なアマリリスのほうはヒッペアストルム属とよびましょう。
 アマリリス科は、アヤメ科より3,800万年後の新生代・第三紀・始新世の時代に出現しました。今からおよそ6,500万年前のことです。
 ユリ科の中のユリ属は、今より4,800万年ほど前に出現しましたから、アマリリス科より1,700万年も新しいことになります。古い種族のほうが新しい。何かヘンですね。
 それは、こういうことなのです。
 最古のユリ科が発生したのは9,800万年前頃であり、アマリリス科より古いわけですが、古いグループでも進化が止まったわけではないから、新しいグループより後から出現することもあるのです。
  ユリ科のグループの中では、ユリ属はかなり進化しています。
 
 しかし、進化しているといっても、古いグループの一員であることにはちがいありません。
 アマリリス科は、ユリ科よりあとで分かれたことにより、ユリ科をふくむそれ以前の植物にはない形質を持っている新しいグループなのです。
 子房の位置について考えてみます。
 進化の方向としては、子房上位から下位に向かっていると考えてさしつかえありません。
 それを受けて、ほとんどの図鑑には、子房上位ならユリ科、下位ならヒガンバナ科と書かれています。
 具体的でわかりやすい見方です。
 しかし、形質を決定するDNAのちがいが、外見に現れるとは限りません。
 アマリリス科の(そと)に現れない形質には、胚珠の構造のちがいや、りん茎の毒の成分のちがいなどがあります。
 アマリリス科には、スイセン属、ユーカリス属、ゼフィランサス属、ユーリクレス属、ネリネ属、アマリリス属、クンシラン属、クリヌム属、ヒッペアストルム属など、およそ60属があります。
 年代は、測定のしかたや解釈のちがいによって大幅にくるいますから、参考程度にしてください。
 

アマリリス科の異端児 ネギ属 

 ネギ属は、今からおよそ4,000万年前(新生代第三紀)にアマリリス科からアガバンテス亜科を経て分かれたようですから、比較的新しいグループであるということがいえます。
 ネギ亜科には、主なものにネギ属とハナニラ属があります。
 ネギ属の植物は、野菜として葉やりん茎が食用にされています。
 葉は、ニラのような線形か、ネギのような円筒形です。
 りん茎以外に根茎があるものもあります。
 花茎に葉のあるものとないものがあり、その頂には散形花序がつきます。
 

ニラ 

 学名 Allium tuberosum Rottl.  中核単子葉植物 アスパラガス目 アマリリス科 ネギ属
 若いニラの葉には、アブラムシがびっしりつきます。あまい汁でも出るのでしょうか。
 ネギ属はりん茎が発達しているものが多いのですが、ニラには、小さなりん茎しかありません。その代わり、立派な根茎があります。
 枝分かれしない花茎が長くのび、頂にネギ坊主をつけます。
 ネギ坊主の正体は、総包です。
 
 総包が2つにさけて散形(さんけい)花序(かじょ)偽花(ぎか)が飛び出します。
 うすい膜状の総包がたくさんの小花を包んでいたのです。
 散形花序とは、1カ所から多数の花柄を出している花のつきかたのことです。
 小花が多数集まって一つの花をつくっているものを偽花といいます。
 これは、花序であって、本当の意味での花ではないからです。
 
 遠くから見ると一つの花に見えますが、近くで見ると、ほら、小さい花がたくさん集まっているでしょう。
 こういう花のつきかた(花序)を散形花序といいます。
 ドーム型に集まっている形ですよ。
 同じような花序に散房花序というのがあるから、よく比べてみてください。
 
 1つ1つの小花も、つぼみの状態で出てきます。
 これは、何に包まれているのでしょうか。
 よく見ると、つぼみにたてのすじがついていることが観察できます。
 咲いている小花(しょうか)を裏から観察してみると、その正体がわかります。
 

 すでにツユクサ科への進化が始まっていることを示しているようです。
 離生した6枚の花被片をまとめて花被(かひ)と呼んでいます。内側の3枚は内花被、外側の3枚は外花被です。
 外花被片には、れいのすじが残っています。これが小花を包んでいたのです。
 進化が進み、ツユクサ科以降になると、外花被ががくに変化してくるものが出てきます。
 つまり、つぼみのとき、めしべ・おしべ・花弁(内花被が進化したもの)をつつむ、専用のはたらきをするものです。
 ニラの花被片をよく観察すると、外花被片のほうが、多少はばがせまいことに気づきます。
 
 子房の形を見ると、単子葉植物の特徴である3数性を示しています。
 ネギ科の果実は、そう果になります。
 内花被片は、外花被片に比べて幅が広いようですが、基部はせまくなっています。
 内側には子房が目につきますから、子房の位置は上位です。

 しかし、細かく分けても子房の位置は、上位のものもあれば、  古い規準では、子房上位がユリ科、子房下位がヒガンバナ科という分け方をしていました。
 しかし、あまりにもおおざっぱな分け方のため、ヒガンバナ科もふくめ、もう少し細かく分ける必要が出てきたのです。
下位のものもあり、子房の位置だけでは分類できないことになります。
 したがって、APGでは子房の位置をそれほど重視しないことになっています。進化の大きな流れに関係なく、自然環境や昆虫との関係などによる局部的な進化になるようです。
 
 2枚の写真のめしべとおしべについて比較します。
 これは花柱が長く、右は花柱が短い種類です。
 なぜ、このようなちがいがあるのでしょうか。
 2枚の写真を比べてみると、子房の大きさにちがいのあることに気づきます。
 右の写真のものは、めしべが退化する(雄花になろうとする)傾向にあるようです。
 次に、この写真のおしべの(やく)に注目しましょう。
 いちばん下の葯がねそべっています。立ち上がっていません。しかも、ほかの葯はすでに開いているのに、この葯はまだ開いていません。
 どうも、花粉を出す時期をずらしているように思えます。
 ニラには、このような葯が1〜3本くらいあるようです。
 
 おしべとめしべの成長時期を変えることによって、自家受粉を防ぐことをしている植物もあります。
 自家受粉を防ぎ、他の株から花粉をもらえば、遺伝子の組み合わせの種類が多くなり、ゲノムに変化をもたせることになります。
 いずれにしても、遺伝子に変化をもたせることは、環境の変化による絶滅を防ぐ手だてになります。環境が悪化しても、それに対して生き残る遺伝子のものがあれば、絶滅を逃れることはできます。
 
 めしべの花柱の先端は、柱頭(ちゅうとう)といわれ、花粉を受けるところです。
 実体顕微鏡の倍率を上げると、こんなふうに見えます。
 よくわからないかもしれませんが、柱頭がわずかに3つにさけています。単子葉植物の特徴である3数性ですね・
 柱頭は、花粉をとらえるところですから、できるだけ花粉とせっする表面積をふやす必要があります。
 だから、こんなにでこぼこしているのですね。
 
 進化の進んだネギ属にしては、あまり発達した柱頭とはいえません。
 花柱の先端がでこぼこになっている程度で、つぎのツユクサ類(分類上のツユクサの大きななかま)に進化するまでは、大きな改善を待たなければなりません。
 子房のへや・花柱・柱頭はつながっていて、1枚の花葉からできています。
 ニラのめしべはこれ(花葉)が3枚あります。(3数性)
 

 根茎(こんけい)でも種子でも、どちらでもよくふえます。
 子房を()切りにしてみます。中が3室になっている中軸胎座(たいざ)です。これは、ほとんどの単子葉植物に共通した特徴です。
 それぞれのへやに見える白いつぶは、胚珠(はいしゅ)です。これが黒いゴマみたいな種子になっていくのです。1部屋に2〜3個の種子ができます。
 花の各部分は、葉から進化したものだから、花葉(かよう)と呼ぶことがあり、めしべの花葉をとくに心皮(しんぴ)といいます。ネギ属の心皮は3枚なのです。3枚の花葉がつながって子房のへやをつくったのです。
 

 これはおしべの葯をおもてから見たものです。葯室のさけ目が見えます。
 葯の中では花粉がつくられます。花粉の中には、精細胞が入っています。動物でいえば、精子のようなものです。
 精子は鞭毛(べんもう)をもっているので、泳ぐことができますが、精細胞はもっていないので泳ぐことはできません。花粉・花粉管の中にふくまれている水に流されて運ばれます。
 葯は、ふつう2つの葯室がならんでついています。
 
 こちらは、葯を裏から見たものです。
 葯室と葯室の間には、葯隔(やくかく)というしきりがあります。
 その葯隔のおよそ中央に花糸(かし)がついています。
 ちょうど丁(てい)の字のようになるので、丁字着葯(ていじちゃくやく)とよんでいます。
 
 植物豆知識
 ニラの観察で、わかったことに、花被片が6枚で、うちわけは、外花被片(がく片)が3枚、内花被片(花弁)が3枚、おしべが6本、心皮が3でした。
 おしべをもう少しくわしく調べてみると、外側に3本、内側に3本、合計6本であることがわかります。
 これを式で表すと、P3+3 A3+3 Cp(3) となります。
 Pは花被片を表します。 3+3 というのは、外側と内側に3枚ずつということです。 
 Aはおしべの数を表します。これも外側と内側に3本ずつという意味です。
 Cpはめしべを表します。(3) は心皮の数です。横線は子房の位置を表しています。(3) の下に線があれば、子房上位です。上に線があれば子房下位です。
 数のふしぎに気づきましたか?
 6は3の倍数ですから、みんな3に関係ありますね。
 ユリ科だけでなく、単子葉類の植物は、どうも3に関係があるようです。
 イネ科のおしべはほとんど3個ですし、カヤツリグサ科などは、茎の断面までが三角形ですから。ふしぎですね。
 

 ネギ属のりん茎


 タマネギは、ネギ科のりん茎がとくに発達したものです。
 ノビルは、りん茎のまわりに小さなりん茎ができ、それでもふえることができます。
 種子以外にもふえる手だてはあるのです。
 ネギ科植物の土の中の部分を見ると、ラッキョウのようなものを見ることができます。
 一般的には、このようなものを球根といいますが、ネギ科のような球根は、りん茎と呼ばれています。
 中央の芯が茎で、そのまわりに白い肉厚の葉がとりまいています。
 りん茎といっても、本当は、地下茎についた葉が変化したものだったのです。
 その葉は鱗(うろこ)のようだから鱗茎(りんけい)というのです。
 
 うろこ状の葉でも、葉は茎から出るので、中心には茎があるはずです。
 左の写真は、りん茎をたてに切断したものです。
 タマネギみたいですね。
 タマネギも、ラッキョウもワケギも、みんな同じなかまなのです。
 
ネギ属の茎

 ノビルは基礎単子葉植物だから、葉は平行脈です。下の方に茎をだくように2〜3枚ついています。
 葉の長さは、花茎より短く、枯れてなくなっていることもあるから、よく見ないとわかりません。
 左の写真を見てください。太い方(左)が花茎で、その右側についているのが葉です。
 よく見ると、葉の切り口は三日月形です。ふつう、このようなつぶれた形を扁平(へんぺい)といいます。

ノビル

 学名 Allium grayii Regel  中核単子葉植物 アスパラガス目 アマリリス科 ネギ属
 ノビルの花序を見ると、すべての花が咲いているわけではありません。
 りん茎をさらに小さくしたようなものが多数ついています。
 これは球芽といい、花にはならないで、芽になってしまったものなのです。珠芽(しゅが)ともいいます。
 オニユリは、葉のつけねにむかごをつけました。
 球芽もむかごも、シュートの花葉が変化したものですから、本質的には同じものです。     
 
 ちがいは、むかごは葉のつけねに、球芽は花のかわりにできることです。
 球芽のアップとたてに切った断面を見てみましょう。
 まるでタマネギのようです。
 前述のりん茎ともよく似ています。
 この球芽は、ぽろぽろ落ちて、それぞれが発芽し、ふえていきます。この点もむかごとそっくりです。
 

ハナニラ

 学名 Tristagma uniflorum (Lindl.) Traub  中核単子葉植物 アスパラガス目 アマリリス科 ハナニラ属
  ハナニラは、今までいろいろな属名をもち、分類がむずかしいものでした。
 現在よく使われているのは、BrodiaeaとIpheionの2つです。さらに、最近では、 Tristagmaが有力候補になっています。
 名前の由来は、ニラのようなにおいがするからということです。
 ネギ属とのちがいは、散形花序ではなく、種小名のuniflorum(1花の)が示しているように、単生花序です。
 
 花被の基部は筒状になっています。
 花被の広がりに比べて筒の径は小さく、独特の感じを出しています。
 
 子房上位で、めしべの花柱が長く、花被ののどもとまでのびています。
 おしべは、長いのが3本、短いのが3本、合計6本です。
 子房には、3個の蜜腺(みつせん)があり、穴が開いているようです。
 属名のTristagmaのtriは3個のという意味です。stagmaはしたたり落ちるものということで、3個の蜜腺から蜜がしたたり落ちるということのようです。
 

ツインの包葉
  花茎の中ほどには、対生(2枚が向かいあっている)になった包葉がついています。
 この包葉は、花を包みません。退化する方向に進化が進んでいるようです。
花被は合生
 ネギ属の花被は離生していましたが、ハナニラの花被は、基部が合生しています。
 しかし、合弁花とはいいません。
 合弁花は真双子葉植物の花弁だけが合生している場合に限ります。
 ハナニラのような単子葉植物の場合には、このような呼び方はしません。
 合弁とか離弁というのは、進化の大きな流れにはまったく関係していませんから、APGでは、これを重視していません。
 ツツジ科のように、同じ科の中に合弁花と離弁花の両方があるものもあります。

 


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