第40回  キビ亜科 A Panicoideae A


キビ連 A Paniceae A

ヒエ属  Echinochloa


 ヒエ属は、いくつもの()(たば)になって大きな穂をつくっている円すい花序です。
 左の写真から右の写真のように穂が開いていきます。
 
 開いた穂の1つを拡大してみます。
 枝のようなすじが見えます。
 これを花軸(かじく)と呼んでいます。
 花軸には小さな粒がたくさんついています。
 実は、これも穂なのです。
 一番小さいから小穂(しょうすい)といいます。
 イネ科の観察は、小穂の観察といってよいほど重要なものといえます。
 
 左の写真は、イヌムギの例で、これで1つの小穂です。イヌビエの1粒にあたります。
 小花が小さいとき、それらを包んでいるのが包穎(ほうえい)です。
 小花が大きくなると、包穎は小花(しょうか)を包みきれなくなって、一番下の小花の基部に残ります。
 各小花の先端から出ている針のようなものは、(のぎ)といいます。
 
 ヒエ属の小穂は、2個の小花を持ちますが、第一小花はほとんど退化して、護穎(ごえい)だけが残っています。
 小花は護穎と内穎(ないえい)にはさまれるように守られます。
 内穎は護穎の反対側にあってこの写真では見えません。
 
 包穎や護穎に(のぎ)をもつものともたないものがあります。
 イヌビエの中でも、をもつものともたないものがあります。
 ケイヌビエのは非常に長いので、()犬稗(イヌビエ)と呼ばれるようになったのでしょう。
 
 イネ科(イネ科)の葉には、特徴があります。
 ()をつける茎のことを(かん)といいます。
 葉は、稈をとりまく葉鞘(ようしょう)と、葉鞘から先になる葉身(ようしん)とから成り立ちます。
 葉鞘の(しょう)は、(さや)のことです。
 刀のサヤのさやですね。
 
 葉鞘から葉身に変わるところ(口部(こうぶ))に葉舌(ようぜつ)というものがあります。
 (した)のような感じから、この名前がつけられました。
 イネ科を見分けるには葉舌の形を調べることが重要になります。
 
 カゼクサのように葉鞘の口部に長い毛がたくさん生えているものもあります。
 葉舌がないのか、それとも、葉舌が毛に変化したのかわかりませんが、大きな特徴にはなります。
 
 ヒエ属の場合はどうでしょうか。
 ヒエ属の特徴は、なんといっても葉舌がないことでしょう。
 その葉舌がまったくないものは、ヒエ属とチゴザサ連のヒナザサ属しかありません。
 左の写真を見ても、葉舌を見つけることはできません。
 イヌビエ属には、イヌビエのほかにもケイヌビエやタイヌビエ、ヒメイヌビエなどがあります。

  
 イヌビエ
 学名 Echinochloa crus-galli (L.) Beauv    イネ科 キビ亜科 キビ連 ヒエ属
 イヌビエは、栽培種であるヒエの原種になります。
 日本中、どこにでもごくふつうに生えています。
 ヒエは小鳥のえさなどに使われていますが、最近ではその栄養価が見直され、健康食品として広がりつつあります。
 
 花序は、茎の頂上につきます。
 小穂は、緑色、あるいは、紫色で、びっしりとつきます。
 はじめ枝穂は、すき間なく閉じるようにまとまっていますが、しだいに開いてきます。
 (のぎ)のあるものとないものがあります。
 
 いくつかの小花(しょうか)が集まる最小の()小穂(しょうすい)といいます。
 ヒエ属の小花はキビ亜科ですから、2個の小花がありますが、第一小花(花軸に近い方)は大きな護穎だけが残り、花は退化しています。
 小穂をつつむ第一包穎は、小穂の長さの半分以下で、反対側の第二包穎までとりまいています。
 第一小花の護穎には、長い剛毛が生えています。
 
 反対側(花軸側)から観察します。
 第二包穎が小穂のふくらんだ面をおおっています。
 
 イネ科の花のめしべは、あまりおなじみではありません。
 第二包穎が小穂のふくらんだ面をおおっています。
 第二包穎と第一小花の護穎のすき間からはみ出すように、ブラシ状の形をした第二小花のめしべの柱頭が出ています。
 イネ科は、めしべが先に熟すので、めしべ先熟花(せんじゅくか)と呼ばれています。
 
 めしべがしおれてから、おしべが出てきます。写真のものは、花粉が散った後なので、(やく)がからになっています。
 おしべは3個あります。
 写真のものは、1個がとれてしまい、2個残っています。
 おしべの葯は、2個の葯室から成り立っています。

  
 ケイヌビエ
 学名  Echinochloa crus-galli (L.) Beauv. var. aristata S.F.Gray  イネ科 キビ亜科 キビ連 ヒエ属
 静岡市の遊水地では、ケイヌビエが大群落をつくった年があり、絶滅危惧種のミズアオイがケイヌビエの日陰になってしまい、絶滅しかかってしまいました。
 次の年は、ケイヌビエよりさらに背の高いヒメガマが群落をつくってしまったため、ケイヌビエもミズアオイも見られなくなってしまいました。
 植物の日光の取りあいには、すさまじいものがあります。
 ボランティアの方々が増えすぎたヒメガマを伐採してくださっていますが、地下茎や根まではとれないので、すぐに新芽を出してしまいます。パワーショベルで取り除くのが最も効果的なのですが。
 
 ケイヌビエは、イヌビエの中でもひときわ大きく、1m以上になります。 
 葉の幅は、1.2〜2cm。
 茎の基部の太さも1cmくらいになります。
 毛の部分は(のぎ)といわれ
 長い芒が()全体を(ふさ)のようにしています。
 
 ケイヌビエの穂から1個の小穂を取り出してみました。
 第一包穎は、第一小花の護穎(写真の裏側)の外側からぐるりと一回りしています。
 第一小花の護穎から出ている芒はとくに長く、長いものでは4cmくらいになります。
 第二包穎から出ている芒は、せいぜい1cmくらいです。
 第一小花は、この長い芒をもった護穎だけを残し、あとは退化してしまいました。
 
 熟してくると、先のほうから紫かっ色になり、全体に広がります。
 
 下の小花(しょうか)(第1小花)は退化して、無性(まれに雄性(ゆうせい))ですが、上の小花(第2小花)は両性なのでおしべもめしべも(そな)わっています。
 護穎(ごえい)のへりが内側にまるまり内穎(ないえい)を包みこみます。内穎と護穎の間に小花があります。
 右の写真は、護穎と内穎のすき間から柱頭(ちゅうとう)が顔を出しているところです。
 
 開花前の未熟な小穂から、第二小花を取りだし、護穎と内穎をはがしてみます。
 内穎の中にめしべを見ることができます。
 おしべは取り(のぞ)いてあります。
 

 内穎の中を拡大してみます。
 めしべの子房・花柱・柱頭が確認できます。 
 
 別の小花からめしべを取りだしてみます。
 まるい子房から2本の花柱を出し、その先が無数に分かれた柱頭になっています。
 うしろの黄色いものは、おしべの(やく)です。
 
 柱頭を拡大します。
 根のように枝分かれをして、花粉と()れあう表面積を大きくしています。
 まるい粒は花粉です。
 
 護穎と内穎のすき間から、めしべの柱頭とおしべの葯がのぞいています。
 どちらも役目を終わって縮んでいます。
 
 葯を拡大してみます。
 大きく口を開けているのは、すでに花粉をはき出したあとのようです。
 白い糸こんにゃくのようなものは、めしべの柱頭です。
 イヌビエの柱頭は赤色でしたが、ケイヌビエの柱頭は無色(白色)ですね。
 
 開花前の若い葯を取りだしてみます。
 この中にたくさんの花粉が()まっています。
 葯は、2個の葯室から成り立ちます。
 
  
 タイヌビエ
 学名 E. oryzoides (Ard.) Fritsch  イネ科 キビ亜科 キビ連 ヒエ属
 タイヌビエは、イネに非常によく似ていて、苗の時点では農家の人でも見分けがつきません。イネより早く実がつき、しかもイネより穂の分だけ背が高いから、イネを収穫する前に種子がまかれてしまいます。
 子孫を残すためのなみなみならぬ技です。
 というわけで、タイヌビエは、稲作農家にとってイネの大敵になっています。
 
 タイヌビエが他のイヌビエと異なる特徴は、葉のへりが白くなっていることです。
 
 高さが90cmほどにもなる大きな株です。
 葉は、直立しているものが多い。
 
  
 ヒメイヌビエ
  学名  E. crus-galli (L.) Beauv. var. praticola Ohwi  イネ科 キビ亜科 キビ連 ヒエ属
 花序の枝はまばらにつき、さらに2つの花序に分かれることはほとんどありません。
 ヒメイヌビエは、ヒエ属の中では変わり者のようです。それは、ほかのヒエ属のなかまは、湿地に生えるのに対して、こちらは、乾燥地と湿地の中間あたりの草原にも生えることができるのです。
 静岡市の遊水地では、田んぼに接している道路脇に生えていました。
 イヌビエ属は、元来暖かい地方に見られるものですが、ヒメイヌビエだけは耐寒性が強く、北海道でも見ることができます。
 
   

   
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