第46回  ツユクサ科 ムラサキツユクサ属 イボクサ属

花弁が3枚になったツユクサ科

 ツユクサ目は、ヤシ目からDasypogonaceaeを経て、今からおよそ9,400万年前に分かれました。最初のツユクサ目は、ツユクサ科のムラサキツユクサ属のようです。
この目には、主なものでツユクサ科、ミズアオイ科、タヌキアヤメ科があります。
 ツユクサやムラサキツユクサは、日本人にはとても身近な植物です。
ミズアオイ科で有名なのは、ホテイアオイですが、科と同名のミズアオイは絶滅危惧種に指定されています。
 
 f.10 ツユクサ目 commelinales
 
 ツユクサ科は、放射相称の花を持ちますが、ツユクサのように花弁が1枚だけ目立たないように変化しているものもあります。
 おしべは、基本的に3数性の6本ですが、変化の著しいものがあります。そのあたりは、観察していて楽しいところです。

ムラサキツユクサ  
 
 学名 Tradescantia reflexa (= ohiensis) Raf. 中核単子葉植物 ツユクサ類 ツユクサ目 ツユクサ科 ムラサキツユクサ属
 ムラサキツユクサは、日本人に好かれる観賞用の植物です。
 原産は北アメリカであり、アメリカではオハイオツユクサと呼ばれているそうです。
 ムラサキツユクサは、理科の授業で気孔の観察にも、よく使われる植物です。
 たくさんの花が次から次へと咲きますが、その下にある3枚の長い葉は、本葉ではなく、苞葉(ほうよう)といいます。苞葉は、花柄(かへい)のつけねにつく葉のことで、ふつうの葉とは区別されます。かんたんに苞と呼ぶこともあります。
 
 ムラサキツユクサは、中核単子葉植物ですから3数性を示します。
 おしべは6本で、まわりには、うっすらと毛が生えています。
 内花被片は、3枚あります。
 内花被片は、花粉を運ぶ昆虫を引きつけるために目だつ色をしています。
 外花被片はどこにあるのでしょう。
 
 外花被は、つぼみのときに中のものをつつむはたらきに専念します。
 内花被と外花被は、まったく異なるはたらきをしているのです。
 このような場合、内花被片を花弁、外花被片をがくと呼ぶことにします。
 したがって、内外3枚ずつで、合計6枚ということになります。
 つぼみが開いて、花弁が大きく広がると、がくはそのうしろにかくれて、前からは見えなくなります。
 

ノハカタカラクサ

 学名 Tradescantia fluminensis Vell. 中核単子葉植物 ツユクサ類 ツユクサ目 ツユクサ科 ムラサキツユクサ属
 ムラサキツユクサ属の中で野生化しているものに、ノハカタカラクサがあります。
ちょっと見たところ、あまり似ているようには見えませんが、非常に近いなかまですから、花のつくりはほとんど同じです。
 花の形は、シャープな三角形です。
 多少はなれて見ても、暗い葉の感じと白い三角形の花ですぐわかると思います。
 
 ノハカタカラクサって、いいにくい名前ですが、漢字では野博多唐草と書き、意味もわかり、読みやすくなるのですが、生物の名前はカタカナで書く決まりになっているので、なれるようにしましょう。
 ハカタカラクサという観葉植物があります。博多織りのようにしま模様の葉が特徴です。
 ノハカタカラクサという名前は、葉にしま模様はありませんが、野にあるハカタカラクサということなのでしょう。
 
 ノハカタカラクサも、中核単子葉植物の3数性がそのまま受け継がれています。
 白い3枚の花弁が放射状についています。
 めしべは見にくいですが、おしべの花糸と同じような白い線状のもので、1本あります。
 そのまわりには、美しいオレンジ色の(やく)をもつ6本のおしべがあり、さらにそのまわりに白い長い毛が生えています。
 ムラサキツユクサよりもたくさん生えています。
 
 うしろから見ると、3枚のがく片が花弁と互生についているのがわかります。
 互生というのは、たがいちがいについているつきかたのことです。
二重花被が花冠とがくにはっきり分かれていることが、ユリ科より進化しているといえます。
 
 ノハカタカラクサのがく片には毛が生えています。
 植物の毛というのは拡大してみると、おもしろい形をしているものが多くあります。
 ノハカタカラクサの毛は、魚の小骨みたいな感じがします。
 実物は目に見えないくらい小さいから、刺さることはありません。
 
 おしべは、写真のように花粉をつくる(やく)とそれを支える花糸(かし)の2部分から成り立っています。
 ノハカタカラクサの葯は、ユニークです。
 ふつうは、平行にならんだ葯室が平行に()けて花粉を出すのですが、ノハカタカラクサの葯は、はじのほうに穴が開いて、そこから花粉を出すのです。
 
 イボクサ属やムラサキツユクサ属のおしべのまわりには、長い毛がたくさんはえています。
 顕微鏡で見ると、左の写真のようになります。
 細胞が数珠(じゅず)のようにならんでいます。
 
 さらに拡大してみます。
 筒形に近いものもあれば、球形に近いものもあります。
 どれも、1列につながっています。
 このたくさんの毛は、何のためにあるのでしょうか。
 
 ムラサキツユクサ属は、ユリ科と同じように子房上位で、甲虫にねらわれやすいタイプです。
 ユリ科の場合には、花筒を細長くすることで甲虫の侵入(しんにゅう)を防ぎました。
 ツユクサ科のイボクサ属やムラサキツユクサ属は、ユリ科のような細長い花筒にはなっていません。
 そこで、細長い花筒の代わりにめしべの花柱を長くして、そのまわりをたくさんの毛でおおい、奥の子房に行けないようにしたのです。こうして甲虫の侵入を防ぐことになったのです。
 
 めしべはどうなっているのでしょう。
 中央に白いかたまりが見えますね。このかたまりはめしべの子房です。
 そこからほそい白い棒がつきだしています。
 めしべの花柱です。
 花からめしべだけをとりだしてみたものが下の写真です。
 
 めしべは、子房とそこからつき出ている花柱とでできています。
 花柱の先は、花粉をとらえるために粘りけがあります。その部分を柱頭といいます。
 ノハカタカラクサの花柱が、子房の大きさに比べてかなり長いのは、前ページで述べたとおりです。
 胚乳がデンプン質になるという大改革をしたツユクサ類の植物でも、まだ花粉をとらえる柱頭は発達していません。
 ユリ科の柱頭が、多少デコボコしているのに対して、こちらの柱頭は、突起があるので、それだけ表面積が大きく、花粉と接する効率がよくなっています。
 しかし、柱頭の進化は、まだまだ先のことになりそうです。
 
 ノハカタカラクサは、ツユクサと同じように、茎が横になってのび、節から根を出します。
 こういう性質をほふく性といいます。
 葉は茎をつつみこむようについています。
 この点もツユクサ科と同じです。
 
 
 中核単子葉植物の葉のつきかたは、ユリ科のように茎に直接葉身がつくものや、アヤメ科のように跨状(こじょう:またぐような)のもの、アスパラガス目に多いりん茎から出る葉などがありました。
 ツユクサ類の中には、茎を()くようなものが出てきました。
 ノハカタカラクサの場合は、葉鞘(ようしょう)といって葉の基部が膜状(まくじょう)になって茎をとりまいています。
 双子葉植物では、タデ科に同じような進化が見られます。
 
 植物豆知識
 子房には、目には見えない大きな特徴があります。
 子房の中には、胚珠があり、胚珠の中には、胚と胚乳があります。
 胚というのは、発芽するまでの幼いからだのことをいいます。
 胚乳というのは、発芽するときのための養分です。
 植物は、葉緑体がつくられ、自分で光合成ができるようになるまでは、胚乳にたくわえられた養分を使って生長することになるのです。
 ツユクサ類より前のユリ科やアヤメ科などの胚乳は、タンパク質と脂肪からできています。
 ところが、ツユクサ類の胚乳には、デンプン質がたくわえられたのです。
 このちがいは大きく、片方はツユクサ類、もう一方はアスパラガス以前と大きく分かれることになるのです。
 中核単子葉植物は、core monocots を訳したものです。
 中核単子葉植物の中で、ツユクサ類は、commelinids、アスパラガス目以前は、non commelinids monocots で、「ツユクサ類ではない単子葉植物」ということになります。
 monocots は単子葉植物という意味です。

 APGで用いる「類」は、-ids を訳したものです。humanoids(ヒューマノイド)の-idsです。
 目(もく)というのは、科よりも大きい分け方です。(目の中に科があり、科の中に属がある)
 

イボクサ

 学名 Aneilema keisak Hassk.  中核単子葉植物 ツユクサ類 ツユクサ目 ツユクサ科 イボクサ属
 イボクサは、美しい花をさかせる湿地に生育する植物です。
 うすむらさきいろの花弁に青い葯が映えます。
 イボクサは、3枚の花弁が放射状についています。こういう花冠の形をを放射相称(ほうしゃそうしょう)というんですよ。
 イボクサという名前は、イボをとる薬にしたことからつけられてようです。
 
 3枚のがく片が、花弁と互生についています。互生というのは、たがいちがいについているということです。
 がくの後ろに見える大きな葉は苞葉といってふつうの葉とは区別をします。苞葉は花柄のつけねにつく葉のことで、単に苞とも呼ばれます。
 もともとは、つぼみのとき、花を苞むはたらきでしたが、外花被が苞にかわってそのはたらきをするようになってからは、苞の役目はなくなってしまいます。あるいは、別の役目をするようになります。
 そして、外花被は、がくに昇格するのです。
 
 むらさきいろをしているのは、花弁の外側のほうだけです。
 花弁の内側は白色ですね。
 がく片はよく見ると、舟形をしています。
 きいろい子房から1本の花柱がのびています。
 花柱の先は柱頭です。あとで観察することにします。
 青い大きなのおしべは3本あります。
 よく見ると、色のちがう葯をもった小さなおしべがあるのですが、気がつきましたか?
 横から観察してみましょう。
 
 イボクサのおしべは、大きいのが3本、小さいのが3本、合計で6本でした。
 中央に見える黄色のふくらんだものは子房です。花冠の内側に子房が見えるから、子房の位置は上位です。
 アスパラガス目で子房下位に進化しつつあったのが、さらに進化したツユクサ科で、また子房上位に逆行します。
 これは、ツユクサ目がアスパラガス目から進化したというより、ユリ目からアスパラガス目とツユクサ目に分かれて進化したと考える方がすじが通ります。
 
 花をうしろから観察してみます。
 3枚のがく片がはっきりわかります。
 このへんも、ノハカタカラクサによく似ています。
 がく片というのは、1枚1枚いうときのことばで、まとめていうときはがくといいます。おなじように、1枚1枚を花弁、まとめて花冠。おぼえましょう。
 次のページでは、大きい方のおしべを観察することにします。
 
 大きいほうのおしべ
 ふつう、葯は、2つの葯室が平行になっています。
 イボクサも、おなじようになっています。
 青いところが葯ですよ。
 下の白いぼうは、花糸(かし)とよばれ、葯を支えています。
 左の写真では、葯室が開いています。
 もう、花粉があふれています。
 
 葯室をアップしてみます。
 葯室の内側の(かべ)にはりついていた花粉が、はがれて外に出ていきます。
 葯室の内側の壁をよく見ると、花粉のはがれたあとがよくわかりますね。
 花粉は、透明で、ほそ長いゼリービーンズのような形をしています。
 
 2つの葯室のあいだのところを葯隔(やくかく)といいます。
 花糸は、この葯隔につながっています。
 (てい)の字形に見えますから、こういうつきかたの葯を丁字着葯(ていじちゃくやく)といいます。
 ユリ属も丁字着葯ですからこの形質はユリ属から受けつがれたといってもよいかもしれません。色は異なりますが。
 左の写真は、花糸のつきかたがわかりやすいように、葯を(うら)から撮影しています。
 
 小さいほうのおしべ
 
 花の中のほうを観察してみると、小さいおしべがみつかります。きいろいのが子房ですよ。
 小さいおしべは、葯の形も大きさも、大きい方のおしべとは異なります。
 この小さいおしべは(かり)おしべといって、ふつうのおしべとは区別されます。どういうわけか花粉をつくらないのです。あるいは、つくってもごくわずかです。
 おしべの数は、だんだん少なくなっていくのが進化の方向のようです。
 ユリ科(おしべ6本)からツユクサ科の一部(おしべ大3本、小3本)に、そして、さらに進化すると、おしべは3本になってしまいます。
 
 小さいおしべの葯をアップしてみましょう。
 大きい方の葯は刀のようにのびていますが、小さいほうの葯はちぢれていますね。
 花糸にそって、しっぽのようなものが見えます。
 これは、上の写真にたくさん写っている毛なのです。
 毛をさらにアップしてみましょう。
 
 どうですか?
 花粉より小さな細胞が、たてにたくさんつながっているのが、この毛の正体です。
 これも、ノハカタカラクサにそっくりですね。
 
 めしべ
 めしべは、下から子房、花柱、柱頭の3部からなりたっています。
 柱頭は、花粉を受けるところです。花粉を受けることを受粉といいます。
 子房は果実になるところで、中では胚珠がつくられます。胚珠は熟すと種子になります。
 柱頭で受けた花粉から花粉管が花柱の中を通って、胚珠までのびていきます。
 
 柱頭をアップしてみました。
 花粉がたくさんつきすぎて、柱頭の表面が見えません。
 柱頭をふってみたのですが、花粉はとれませんでした。よほど、しっかりついているのでしょうね。
 柱頭には、たくさんの突起があり、ユリ属より多少進化していますが、アスパラガス目からはさほど進化しているとはいえません。
 

 胚乳の成分は、ユリ科ではタンパク質と脂質で、ツユクサ科の場合はデンプン質です。このちがいは大きく、ユリ目とツユクサ目に分かれる理由になります。
 (もく)というのは、科よりも大きな分け方なのです。
 子房をたてに切ってみました。
 中央の軸に無色透明に近いつぶがあります。これが胚珠(はいしゅ)なんですよ。
 中核単子葉植物は、みなこのようなつくりです。これを中軸胎座(ちゅうじくたいざ)と呼んでいます。
 子房は3部屋に分かれ、心皮(しんぴ)は3です。
 ユリ科やツユクサ科は、発芽するときに必要な栄養分を胚乳(はいにゅう)(たくわ)えています。
 かんたんにいうと、胚という赤ちゃんが育つためのミルクのことです。
 
 受粉が終わり、子房がふくらんできて果実になりつつあります。
 がくは残ったままです。こういうがくを宿存性(しゅくぞんせい)のがくといいます。
 上のがく片に注目しましょう。
 先のほうに毛が生えていますね。
 次の写真は、その部分をアップしたものです。
 
 おしべの毛とおなじように、細胞がいくつもつながっているようすがわかると思います。
 毛も顕微鏡で見ると神秘的(しんぴてき)に見えますね。
 
 最後は、イボクサの茎と葉です。
 葉が茎を()くようについています。
 葉はたがいちがいについていますから、互生(ごせい)です。
 イボクサは、しめったところや水がたまったところ(湿地(しっち))がすきなんですよ。
 イボクサの葉は、お世辞にもきれいとはいえませんが、それだけに花の美しさは格別です。
 はきだめに鶴といったところでしょうか。 
  

 

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